『「上司」という仕事のつとめ方』──人を育てることに疲れたら、この清涼剤を

著者の松山淳氏は、カウンセラーとコンサルタントというふたつの顔を持っている。いやむしろ、ふたつの素質が融合してひとつの仕事を成していると言うほうが正しいのかもしれない。

コンサルタントの著した「上司本」と聞けば、堅苦しい言葉が「〜すべし」「〜せよ」といった口調で並んでいると思うかもしれない。しかしこの本にはそういった「must」や「have to」は出て来ない。目次をちょっと見てみよう。



第 1 章  完璧な上司を目指さなくていい

  • 部下から陰口を叩かれるぐらいでいい
  • カリスマ上司になんてならなくていい
  • 部下が三年で辞めるのはあなたのせいではありません

ほか

第 2 章  自分らしい「リーダーシップ」でいく

  • リーダーシップとマネジメントの違いを知る
  • ほめても叱っても怒ってもいいのです
  • 部下に「弱み」を見せてもいいのです
  • 「ほめる」ことが苦手な上司の気づき

ほか

第 3 章  部下育成に「決まり」なんてない

  • 部下に教えることは、上司が教えられること
  • 部下が育つには時間がかかります
  • できる人もできない人もいるのが職場です

ほか

第 4 章  「やる気」は上司と部下の間を循環する

  • 上司だって「やる気」を失うときがあっていい
  • あなたが部下に提供できる「報酬」は何ですか
  • 他人から認められてこそ「やる気」は引き出されます
  • 他人との比較をやめると「やる気」は維持できます
  • 過去のささやかな体験が人の「やる気」を支えます

ほか

第 5 章  職場にはいつも何らかの「問題」がある

  • 部下を潰してしまう上司がいる
  • 育休をとった女性リーダーに冷たい視線がそそがれる
  • 管理職の給料が残業代を稼ぐ部下よりも安い

ほか

第6章  直面する「困った」にどう対処するか

  • 反抗する部下は「困っている」のかもしれない
  • 部下が「辞めたい」と言ってきたとき
  • トラブルから逃げる「上司」になってはいけない

ほか

第7章  「上司」としての自分の哲学をもつ

  • 多くの上司が孤独を抱えている
  • 手本となる上司がいたらどんどん真似する
  • 上司としての哲学があなたらしさをつくる
  • 上司ならばメンターをもつ
  • 上司だって最後は「自分のため」でいい

ほか


(著者サイトの詳しい目次)

カウンセラーとしての面目躍如と言おうか、書籍でありながら著者の高説を聞かされている気にはまったくならず、むしろ自分が話を聞いてもらっているような錯覚に陥る。著者の語り口はあくまで柔らかく、読者の人格を肯定する話し方にいつの間にか肩の力が抜けている自分に気づく。

第 4 章の「上司だって『やる気』を失うときがあっていい」(p. 126)から引用してみよう。

いま、「プラス思考」という呪縛にとらわれ、多くの人が苦しんでいます。人は、毎日、毎日、前向きに生きられる動物ではありませんし、そんな必要もありません。いつも笑顔じゃなくたっていいんです。


(中略)


人に喜怒哀楽の感情がなぜあるのかといえば、苦難多い人生を乗り切るために必要だからあるのです。その感情を過剰なまでに切り捨てようとするプラス思考は、ときとして人を傷つけます。さまざまな感情を経験することが、人生の豊かさのはず。心の豊かさを求めて見につけたプラス思考が、心の貧しさを生んでいては元も子もありません。


上司になる年齢ですと、とかく家族の前でも部下の前でも「強い自分」を無意識のうちに演じ続けてしまいます。何かを演じることは、とても疲れますね。疲れたら、疲れたことを自分に認め、「疲れた」と誰かに向かって口にしてください。部下に愚痴を言ってばかりでは困りますが、弱音を吐くことは、心の強さを回復することにもなりますし、つらいとき、「つらい」と言えることが、つらさを緩和する特効薬なのです。


(中略)


モチベーションがダウンして、会社に行きたくないと感じることだってあるものです。そういった感情は、どんな上司にだって起こりうることです。ただ、人生の先輩たちにこう口にする人が、どれだけ多いことか。


「あのときのあのつらい経験があったからこそ、今の自分はある」


挫折や逆境のなかでしか、つかめないものがあるのですね。

今引用した部分に限らず、本書には「○○(のまま)でよい」という語りがたくさん出てくる。後述する松山氏のメルマガにも「○○のままでいいのです」という言い回しはよく見るので、これは著者のカウンセリングやコンサルティングに対する一貫した態度なのだと思う。

もちろん、本当に「○○のまま」でいたら現状は何も変わらない。著者は、自分を無理に変えるのではなく、視点や考え方を変えて問題を解決するための方法を提案している。そして、自分の言動を振り返るための「自問自答」を各節の末尾に 3 つずつ提示し、読者に内省を促す。この「自問自答」によって今まで気づかなかった自分に気づいたら、問題の半分は解決しているかもしれない。

上司と部下に挟まれて身動きの取れなくなった中間管理職とカウンセリングをしている著者の会話を端で聞いているような雰囲気を味わえる文体で綴られた本書は、実は会社組織において部下を持つ人のみならず、後輩の指導をする立場の学生、子を育てる親、学校の先生や塾の講師など、人を教え育てる立場の人すべてに有効な処方箋ではないかと思う。よく言われることだが、人を動かすのは難しい。他人を変えるよりも自分を変えるほうがたやすい。そして、なれない自分になろうとして失敗し、相手に当たったり心を病んだりしては意味がない。この本には、自分を変えることで人を動かすためのヒントがたくさん詰まっている。ぜひ、著者とバーチャルカウンセリングをするようなつもりで、じっくりと腰を据えて読んでほしい。

なお、著者の松山氏は、「リーダーへ贈る 108 通の手紙」という無料のメールマガジンを発行している。このメルマガも本書と同様、静かに語りかけるような文体でリーダーシップについての話を届けてくれる。併せて購読をおすすめします。